読書日記「安心のファシズムー支配されたがる人々―」 嫌な感じをタイトル化してもらった感じ

 監視カメラ、個人情報の管理、刑法の厳罰化・・・
 この間の嫌な流れ、多分顕著になったのは01年の米国への同時多発テロでのセキュリティにやたら厳しくなったこと頃からだったかもしれない。

 米国の言いがかりの大量破壊兵器の保持でのイラク攻撃が始まり、日本人のボランティア、ジャーナリストがイラクで人質になった際の、家族や人質たちへの非難の応酬。

 当時の小泉首相の無責任な放言(例「どこが戦闘地域なのか私が分かるわけがない」や「(公約を守らないことに対して)そんなことはたいしたことではない」)に対して、言葉で闘うはずの政治家の本質の変容への、無批判なマスコミや市民。

 本当に、なんか不随意筋反射だけで生きているんじゃないかという、メディアを代表とする日本人全体の、表層的な反応に、焦燥を感じていた。

 どうして、みんなはそうやすやすと自分の自由裁量をお上に差し出してしまうのだろうか。
 そこにあるのは、最終的に市民を守らない権力構造であり、私たちはがんじがらめにされるだけなのに。

 こんないやな気持ちを分かりやすく、的確に表現する言葉を考えあぐねていた。
 そしたら、ちょっと前の04年に出た斎藤貴男の著書「安心のファシズム」のタイトルがずばり、言い当てていたので、こういう場合は『膝をたたいた』のであった。

 岩波新書にあった書籍の紹介には、著者からのメッセージとして、次のようにある。

 ファシズムはそよ風とともにやってくる、という警句があります。独裁者の強権政治だけでファシズムは成立しません。自由の放擲と隷従を積極的に求める民衆の心性あってこそ、それは命脈を保つのです。

 私たちは今、まさにそのような空気のただ中にあるのではないでしょうか。多くの人々が、何者かに対する不安や怯えや恐怖や、その他諸々がないまぜになった精神状態が、より強大な権力と巨大テクノロジーと利便性に支配された安心を欲しているかのようです。

 権力に無条件で服従しない人が現れると徹底的に叩かれるのはこのためです。たとえばイラクの人質事件で当事者や家族たちに浴びせられた集中砲火が、もしかしたら近い将来、この国の歴史の重大なターニング・ポイントだったと評価されてしまうような事態にならないとも限りません。

 私たちはいま一度、現状を冷静に見つめ直してみる必要があると思います。不安に満ちた人間にとって、ファシズムはとりあえず居心地がよいのでしょう。しかし、その先に待ち受けているものは何なのか、ということを。

 今のうちなら、まだ引き返せるかもしれません。そのための手がかりを、私はやむにやまれぬ危機感を以って、本書に書き込んでみたつもりです。一人でも多くの読者に手にとっていただけることを願ってやみません。
 

 以上。そうなんおよねぇ、管理されるとことで安心したい。依存心ですね。選択肢がたくさんあると、自分で考えなくちゃいけなくて面倒くさい、だから実は選択肢が少ないとか、『これをしなさい』と命令されたいのだよ、人は、ってそんな感じ。それは、自己の権利を放擲することなんだけどね。自己の権利を手放すと、自己責任を問われなくていいから、楽っちゃ楽なんだけど、いいの?

安心のファシズム―支配されたがる人びと (岩波新書)

この記事へのコメント

ちぇこ
2009年03月19日 23:19
初めまして!
TBさせていただきました。

本の内容が、非常に簡潔にまとまって
いて「なるほど」と思いました(^.^)b

自分はこれからは国家でもなく個人でもなく、
中間地点として「緩やかな共同体」みたいのが
必要になってくんじゃないかと思っています。
旅マン 駄文ながら
2012年06月12日 00:17
斎藤さんの主張はよくわかるが、なんか唇寒しな感じ。
オウムの残党狩り報道と斎藤さんの説得を天秤にかけたら、殆どの大衆はカメラバンザイと喝采を送るは必定だろう。
ただし、いくら防犯カメラが張り巡らされても、今話題な、自殺できないからとりあえず殺人!という輩には無意味という現実もありますな。
また、京王線などが一時期ごみ箱完全封鎖とかやっていたが馬鹿過ぎでした(笑)。自爆テロやる奴に無意味じゃん!
さて、かようにカメラ一つに反論を認めてみたが、それでも冒頭、唇寒しとコメントしたのは、やっぱり『だったら犯罪予備軍を狩り出せ』的な主張が、カメラバンザイな大衆から唱えられそうに思えるから…。
現在発売中の雑誌『世界』を立ち読み・斜読したが、大阪市長支持派を分析していた方の『論理の矛盾よりシンパシィ優先的な思考回路』は、なかなかなものだと思った。
これを読んで、私は再認識した。あの市長を支持する側は多少はファシズムOKなノリだろうから[これも、天秤かけての次元と断っておく(笑)]彼らに人権や個々の政策に於ける問題点を論っても『暖簾に腕押し』だ。支配されとけば、人権派などの『犯罪者にヌルい』小理屈よりは、多少リスキーでも、安心だ。場合によってはミスで人[(注)決して、自分や自分ら家族は街頭しない絶対的な『お約束』が想定されている(爆笑)]が死刑なり、流れ弾か何かで死んでも『社会平和の合理的なコスト』として、彼らは濃淡はともかく、受け入れているのだろう。
日本にもドイツの『闘うリベラル』が必要ではないか?
ルール服従論理なら、公務員は絶対、憲法服従しねぇとダメじゃん!バリバリ違憲だぜ!
だからか、都知事やあの市長は改憲ではなく、廃憲だの、ほざいている。
マスコミは何故、指摘しないか?信者以外の大衆には、多少はマインドコントロール解脱の価値あるかもね(笑)。

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    Excerpt: 以前に紹介だけして レビュってなかったので^^; 安心のファシズム―支配されたがる人びと (岩波新書)著者:斎藤 貴男販売元:岩波書店発売日:2004-07おすすめ度:クチコミを見る 1つ1.. Weblog: ☆ひま人日記☆ racked: 2009-03-19 21:03