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zoom RSS 福島を歩く3 富岡 3.11で時間が止まったまちへ

<<   作成日時 : 2014/01/13 22:25   >>

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楢葉町の寶鏡寺の住職の「生まれ育った町を追われて・・・・・・諦めきれない。納得しない」の重い言葉を抱きながら、北上を続ける。
途中、交差点に面した駐車場で車の後部座席に新聞紙を敷いている人の姿を見る。多分、放射性物質を自宅にも力ないためだろう。でも、この新聞紙は燃えるゴミに出されるんだよね。いいのだろうか……それとも、低レベル放射性廃棄物に出すのだろうか?
ゴミはどのように捨てているのだろうか……
湧き上がる疑問。しかし、保管施設がないからなぁ……
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富岡町に入った。ここから原発まで、大体12キロ。
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福島第2原発から出てくる日立のバス。
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原発はもう稼働できないだろう。県民・国民感情として稼働は許せないからね。しかし、中には大量の使用済み燃料と、燃料があって、温度をあげないようにしている。事故収束にあたる、福島第一原発ほどではないが、第2原発でも作業は続いている。ところで、ここは津波や地震による被害はなかったのかな?福一だって地震で壊れたという話はあるのだから、福二にあっても不思議ではない。
こういう情報を隠さずに出し、検証しないと。いつ大きな地震が来てもおかしくないといわれている日本だし。

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福一から10キロ圏内の富岡町。ここは北側の南相馬市小高区のように、津波の跡がみられる。復旧も片づけもされない景色は、言い方は悪いがSF映画のようだ。
寶鏡寺の住職が事故前に訪問したチェルノブイリの景色が、福島に現れたようだといっていたが、まさしくその通りだろう。

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小学校。ここで子供たちの声を聴くことはもうないだろう。

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3.11前は家が沢山建っていたという。津波に流され、視界が開けてしまった。

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流された車が片づけられずにあり、雑草が覆っている。

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津波に襲われた時間で泊まっている時計。

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富岡駅。向こうに見える海。3.11前は、もちろん見えなかった。
みんな、原発には不安を持っていても、出稼ぎをしないで暮らせるようになったので、原発を受け入れて、安全神話を無理やり信じていたという。高度経済成長前は半農半漁の貧しい村だったが、経済成長期に出稼ぎしなくては暮らせなくなったという。そこを、原発立地に狙われたのだという。

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駅前、波がもろに突っ込んだのがわかる飲食店。

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車が突っ込んだままの家。

少なくとも、原発事故がなければきれいに片づけられていたはずの地域だ。
自然災害ならあきらめもつくが、原発では諦めきれないといっていた人もいる。
戻れるようになっても、戻ってくるのは高齢者ばかりで、若い人たちは原発収束や廃炉の仕事に来るかもしれないが、ここでは生活をしない、子育てはしないという。

3.11以降、私は何度も何度も被災地を訪問している。岩手県から福島まで。どこに行っても、慣れることはない。
TVなどでの映像だけでなく、自分で撮った写真を見るたび、インタビューした人の声を聴くたび、涙が出る。
ずっと、一生、私はこうなのだろう。


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